冨士山下宮小室浅間神社

ふじさんしもみやおむろせんげんじんじゃ
富士吉田市下吉田3-32-18 【お車】東富士五湖道路 富士吉田ICから15分 【電車】富士急行線 富士山駅から徒歩20分

冨士山下宮小室浅間神社のお祭り・行事

例大祭流鏑馬祭り
2021年9月18日〜2021年9月19日
九月十九日に斎行されるこのお祭りは、「うまっとばかし」(甲州弁で馬を走らす)と呼ばれている。武士が行う流鏑馬と違い、馬の足跡での占いをすることが目的の神事の為、矢を射る事は重要視されていない。



民俗的に貴重なお祭りで、一月十四日「筒粥祭」明けの十五日「馬出しの神籤」を始めに様々なことを決める為に、その都度引かれ神意を伺う「神籤(みくじ)」。本祭後、各町で行われる「お日待ち」までの数多の祭儀、奉仕者が身を清める七日間の「潔斎(切火)」、古代の馬形埴輪まで遡ると云われる「オテンゴー」等古式を残した馬の装飾、世襲の「占人(うらびと)」が「朝馬・夕馬」の駆ける足跡で吉凶を占う「馬蹄占(ばていうらない)」、秋の収穫を見届けた山の神(山王様)を富士山へ送る「山王馬」等、非常に多くの特徴をもっている。

十八日の宵祭り午後には、富士山の溶岩で造られた富士山神輿が賑やかに町内を練り歩く。

歴史は古く、神馬の装飾などから古墳時代の馬形埴輪に繋がることが指摘されており、古い起源を持つ可能性がある。

社伝に依る古文書だと長徳年間(西暦九九五年~九九九年)の馬駆けに起源を持つと伝わり、長寛二年(西暦一一六四年)に流鏑馬として始まったと云われる。

遺構や各神社の伝承などからは富士山の入り口・馬返しから中ノ茶屋付近の「騮ヶ馬場」で富士北麓地域全体の合併祭(由緒由来の違う地域複数の神社が共同で大きな祭儀を執り行うこと)で流鏑馬祭を執り行っていたと推測されている。

時代は下り、当下吉田村「冨士山下宮浅間神社」と勝山村「小室浅間神社」は、中間点「長馬場」(現在の河口湖船津付近)で流鏑馬祭りをおこなっていたが、双方で争いがあり、享禄三年(西暦一五三〇年)に武田氏の家臣である板垣信方の達により合併祭を解消して、各々で流鏑馬をすることになったと伝えられる。

現在の馬場は「本町中村馬場」で神社参道に交差する形で敷設されている。車庫倉庫が並んでいるが、昭和中期までは馬場に沿う形で富士山の雪代(雪解けの土石流)に対する石塁の堤防が築かれていた。