淡島神社

あわしまじんじゃ
北九州市門司区奥田4丁目9-5 JR門司駅から西武バスで淡島神社前下車
淡島神社の店舗画像1 淡島神社の店舗画像2 淡島神社の店舗画像3

安産・子授け・万病平癒 淡島神社は平成27年に御鎮座850年を迎えました。

基本情報

神社御名称
淡島神社
鎮座地
(住所)
〒800-0011
福岡県北九州市門司区奥田4丁目9-5
アクセス
JR門司駅から西武バスで淡島神社前下車
駐車場
あり
電話番号
電話番号を表示 093-371-8428
公式サイト
https://awashimajinjya.com/
受付時間
09:0017:00

神社詳細情報

【当宮の歴史】
当宮は、人皇第七十九代 六条天皇の御代(西暦1165年~1168年)紀国加太の淡嶋神社を勧請(かんじょう)したと伝えられています。
旧境内地には、樹齢約八百年と推定される大槭(おおもみじ)(昭和三十二年八月五日県天然記念物指定)が存在し、古い歴史を物語っていましたが、昭和三十三年開通の北九州都市高速道路にかかり、現在地に遷座致しました。昭和五十九年に社殿の全面改築・境内の整備等了(お)えて今日に至っていますが、殊に女性の幸福(しあわせ)を御守護(おまもり)下さる高い御神徳を仰ぎ、お蔭をいただく人々は、地元市内一円はもとより遠く県外にまで及び、正に地方の総社として鎮まっています。

【当宮の「おなで石」について】
当宮に古くから伝わるもので、「この石で悪いところをなでると、たちまち良くなる。また、安産・子宝を願いお腹をなでると、元気な子を授かる。」等の信仰が御座います。全国的にも珍しい、当宮固有のもので御座います。

【当宮の「ペトログラフ」(古代岩刻文字)について】
淡島神社のペトログラフは昭和六十三年九月六日正午、当宮参道の岩垣から発見されました。ペトログラフは古代オリエント以降、環太平洋のポリネシア諸島、日本列島、イースター島、ニュージーランドにも分布しており、古代海洋部族が祭祀場に記した「神への祈り」の言葉とされ、世界的に研究されています。(写真はペトログラフと盃状穴)

『淡島神社のペトログラフについて』
正面に向かって右側の岩には、今から四千年前の古代シュメール王朝のウルク神殿に彫られている「七枝樹」(豊穣を祈る神の紋章)を中心に、大気の神、大地の神、大地母神などに「奉る」と記されている。また左側には、大地神、母神、女神などと彫った中央に、佐賀県江北町鳥屋で見つかったと同じ「燕」時代の甲骨文字らしいものが彫られている。

※毎月、3日・13日・23日は、淡島さまの御縁日。朝市などが行われ、大勢の参拝者で賑わいます。
ご由緒
御祭神の少名比古那神(すくなひこなのかみ)は神産巣日神(かみむすびのかみ)の御子で手俣(たなまた)からお生まれになったという小さな神さまですが、神代の昔、大穴牟遅科神(おおあなむちのかみ)すなわち大国主神(おおくにぬしのかみ)と共に心を一にし力を戮(あわ)せて此の日本の国土を御経営(おつくり)になり、人々だけで無く、鳥や蓄(けもの)に至るまで諸病を治す薬方をお定めになると共に裁縫の道を広められた、いわゆる医薬・裁縫の親神さまと称えられる御神徳の高いお神さまであらせられます。
一説によると「天照大御神(あまてらすおおみかみ)の女(むすめ)で、住吉大神(すみよしのおおかみ)の后(きさき)になられた『あはしまさま』が婦人病を患ったため海に流されてしまう。お嘆きになったあはしまさまは、『この悲しみから世の女性を救いたい』と仰せになり『紀州加太』に祀られた。」とあります。
あわしまさま(門司ヶ関人形)この淡島さまの祭日が三月三日であったことから雛祭り(ひなまつり)とも結びつき、淡島を祈れば婦人病に罹(かか)らず丈夫な子を授かると信じられたのです。
淡島神社の月例祭が三の日に行われるのも、これに起因しているのでしょう。
要するに、淡島さまは正装でお参りする面と、普段着で親しくお参りできる面の両面相俟(あいま)って中世末から近世にかけて、その信仰は全国各地に広まって行ったのです。
御祭神
・少名比古那神(すくなひこなのかみ)
創建
人皇第七十九代 六条天皇の御代(西暦1165年~1168年)紀国加太の淡嶋神社を勧請(かんじょう)したと伝えられています。
ご利益
恋愛成就・縁結び 病気平癒 交通安全 学業成就
お守り・おみくじ
やっている
御朱印
やっている
供養・
お焚き上げ
やっている
祈願・お祓い
七五三 安産祈願 初宮詣 健康・病気平癒 車・交通安全 出張祭典(地鎮祭他)
各種初穂料
(ご祈祷料)
安産祈願: 5,000円 〜
七五三: 5,000円 〜
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