津田八幡神社

つだはちまんじんじゃ
徳島市津田西町1-8-21 JR徳島駅より徳島市営バスの津田線に乗車、「津田1丁目」停留所で下車し、西(津田山側)へ徒歩100m。【車】徳島自動車道・徳島ICから国道11号を南に4.5kmの徳島県庁を左折し県道120号を2.7km。
津田八幡神社の店舗画像1 津田八幡神社の店舗画像2 津田八幡神社の店舗画像3

徳島で「おまいり・おはらい」は津田八幡神社

基本情報

神社御名称
津田八幡神社
鎮座地
(住所)
〒770-8004
徳島県徳島市津田西町1-8-21
アクセス
JR徳島駅より徳島市営バスの津田線に乗車、「津田1丁目」停留所で下車し、西(津田山側)へ徒歩100m。【車】徳島自動車道・徳島ICから国道11号を南に4.5kmの徳島県庁を左折し県道120号を2.7km。
駐車場
あり (20台)
電話番号
電話番号を表示 088-662-5566
公式サイト
https://www.tsudahachiman.or.jp/
開門時間
参拝に時間制限はありません
受付時間
09:0016:00
定休日
年中無休

神社詳細情報

古くから多くの人々に親しまれている八幡さまは全国で2万5千以上のお社でお祀りされています。
徳島県内の神社1,301社の約3分の1が八幡神社です。
清和源氏をはじめとする全国の武士の精神のよりどころである「武運の神」として崇敬の誠が寄せられ、一般の人々にも「鎮守の神」として深く信仰されてきました。
仏教の世界では守護神「八幡大菩薩」として崇められており、その信仰は世界に誇る日本人の精神性の基調となる質実剛健な「武士道」を具現化する広大無辺な御神徳の現れであり、最も多くのお社でお祀りされる神様である事の所以なのです。
ご由緒
御鎮座地である津田 (津田浦) は藩政期に川口番所が設置される程の重要な港であり、幕末の海岸線には御台場 (砲台関連史跡が現存) が設置される等、海からの有事に対応する攻守の要所でもありました。
神社の創始は、津田山の山頂にあった津田累 (砦) 内に城主桑村隼人亮が崇敬社として祀り、天文年間には三好氏の崇敬厚く庇護され、慶長の頃 (1596 ~1615) に現在地へ遷座されました。
享保四年 (1719) 森芳純(甚太夫)編『森氏古伝記』巻九 - 四代・森甚太夫常純 万治四年(1659)二月十六日 津田八幡修復のこと - に、「森甚太夫氏純(常純の父)の頃迄は代々社を支配(管理)していたが 云々」と記述されており、阿波水軍からも守護神として重要視されていたことが伺え、八幡神の相殿神として海神の娘神である玉依姫命が祀られていることも得心がゆくところです。
文化12年 (1815) の『阿波志』には「八幡祠 旧津田山上に在り 〜」との記載があります。 また、江戸時代の阿波藩主である蜂須賀氏の参勤交代時の旅路安全祈願を当社で行っていたとも伝えられています。
北を背にして南面する神社が多いのですが、御神威により海岸線方向の東向きに御鎮座されており、元旦の初日の出は社殿正面から見て鳥居中央を悠々と登るため、先人達が守護神を祀るに相応しい最適地を選定したことに感心させられます。
御祭神
譽田別命(八幡大神・第15代 応神天皇)
神功皇后(別名 息長帯比賣命 誉田別尊の母神)
玉依姫命(大綿津見神の娘神 初代 神武天皇の母神)
創建
慶長年間 (1596 ~1615)
ご利益
子授安産 恋愛成就・縁結び 厄払い 金運 健康長寿 病気平癒 交通安全 心願成就 勝負運 商売繁盛 家内安全 学業成就 諸願成就
お守り・おみくじ
やっている
御朱印
やっている
供養・
お焚き上げ
やっている
祈願・お祓い
七五三 厄除 安産祈願 初宮詣 お宮参り 結婚式 健康・病気平癒 車・交通安全 出張祭典(地鎮祭他) 神葬祭
各種初穂料
(ご祈祷料)
◎各種御祈祷は初穂料5,000円よりお受けしております。
◎出張祭典、神前結婚式等についてのお問い合わせはお電話にて。
◎特殊な願いごとであっても、願意に即した祝詞を作文し、単座(単独)で御祈祷いたしますのでご安心ください。※要事前相談
感染症対策
感染症対策として、予約制で一組ずつ御祈祷を奉仕しております。
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