横浜総鎮守 伊勢山皇大神宮

よこはまそうちんしゅ いせやまこうだいじんじゃ
横浜市西区宮崎町64番地 桜木町駅(JR線・市営地下鉄線)より徒歩10分/日ノ出町駅(京浜急行)より徒歩10分
横浜総鎮守 伊勢山皇大神宮の店舗画像1 横浜総鎮守 伊勢山皇大神宮の店舗画像2 横浜総鎮守 伊勢山皇大神宮の店舗画像3

明治三年に神奈川県によって、港を見下ろす丘の上に創建されました。 横浜総鎮守また神奈川県宗社であり、関東のお伊勢さまとして広く崇敬を集めています。

基本情報

神社御名称
横浜総鎮守 伊勢山皇大神宮
鎮座地
(住所)
〒220-0031
神奈川県横浜市西区宮崎町64番地
アクセス
桜木町駅(JR線・市営地下鉄線)より徒歩10分/日ノ出町駅(京浜急行)より徒歩10分
駐車場
あり
電話番号
電話番号を表示 045-241-1122
公式サイト
http://www.iseyama.jp/

神社詳細情報

『御本殿』
現在の本殿は数えて三代目となるもので、平成三十年の秋に竣功しました。(初代は明治四年、二代目は昭和三年の竣功)この本殿は、平成二十五年の秋まで伊勢の神宮において、内宮・皇大神宮の西宝殿として用いられていました。
「第六十二回神宮式年遷宮」(二十年ごとに行われる伊勢の神宮の御殿の造り替え)の後に当宮へ譲渡され、令和二年の当宮創建150年の奉祝事業として、伊勢の地にあった姿のままに移築をしました。このように伊勢神宮より重要な社殿を賜ったことは、当宮のみならず横浜にとっても大変な栄誉といえます。
当宮の御祭神である天照皇大神は、いにしえに伊勢の神宮より勧請されたと伝わります。
永い時を越え、その御神霊が再び伊勢の社殿へと鎮座されたのです。真に関東のお伊勢さまにふさわしい姿となりました。
本殿の姿は、古代の建築様式を今に伝える「神明造」です。天高くそびえる千木(ちぎ・屋根の両端から突き出した部分)と、六本の堅魚木(かつおぎ・円柱状の飾り)が置かれた棟木と茅葺の屋根を、社殿の左右から棟持柱が支える構造をしています。まさに神代の神殿の再現といえるでしょう。
建て替え前の旧本殿(昭和三年竣功)は、解体修繕の後に、東日本大震災で被災された宮城県石巻市の鹿島御児神社へ譲渡され、新たな本殿として生まれ変わっています。

『野毛の切り通しと横浜道』
当宮ご本殿の裏は切り通しとなっており、「野毛の切り通し」と呼ばれています。
ここを通る道は、幕末に開港場と旧東海道を結ぶために築かれた街道「横浜道」です。
開港当時、伊勢山の丘には横浜を統治する神奈川奉行所がおかれていました。
この場所で街道を切り通しとしたのは、有事の際に奉行所が街道を封鎖するためであったといいます。

『アイスクリームのはじまり』
明治2年、町田房蔵が馬車道に日本初のアイスクリーム店を開業しました。
しかし、当時の日本人は乳製品になじみがなく、当初は大苦戦をして一時は閉店に追いやられます。
ところが翌年の伊勢山皇大神宮の遷座祭で店を再開したところ、お祭りの見物客へアイスクリームが飛ぶように売れ、房蔵の店はたちまち大評判となりました。
これがきっかけとなりアイスクリームが日本中に広まったのです。

『伊勢山離宮と海の日』
明治8年、宮内省が当宮の境内地に隣接した皇室御用邸「伊勢山離宮」を設けました。
記録によると、この離宮は二階建ての洋館で、中の家具や装飾も全て洋風で揃えられていたといいます。
明治9年7月20日、東北巡幸を終えられ、函館港から汽船・明治丸で横浜港へお戻りになった明治天皇は、そのまま伊勢山離宮に御宿泊されました。
実は、このことが国民の祝日「海の日」の起源となったのです。
ご由緒
当宮は『横濱総鎮守』つまり国際港都・横浜の守り神として、
また『関東のお伊勢さま』として広く崇敬を集めています。

当宮の創建は、横浜が日本一の貿易港として、また文明開化の先駆けの地として、
急速な発展を遂げていた明治3年(1870)です。

当時の県知事・井関盛艮(いぜきもりとめ)が
「急速な近代化・西洋化の流れの中でも、横浜の人々が日本の国柄を見失わない為に、
人々の心の拠り所、また横浜の象徴となるものとして、国家を鎮護する天照皇大神を祀る荘厳な神殿を築く」と告諭し、
戸部の地にあった伊勢の神宮より勧請されたと伝わる古社を再興し、港を一望する丘の上へと遷座しました。

遷座に際し、五日間にわたり日本一とも称えられた盛大な祝祭が執り行われました。
その総費用は十五万両に及び、これを知った外務卿・副島種臣(そえじまたねおみ)を
「外務省の半年分の予算に匹敵する」と驚かせたと伝わります。
また、このお祭りをきっかけとして、アイスクリームが世に広まったことも知られています。

井関知事は、さらに当宮を『神奈川県宗社(神奈川県の総氏神)』と定めるよう国に建白します。
これは直ちに許され、『官幣国幣社等外別格』の社格を与えられました。
創建より僅か一年余りで、諸国の伝統ある大社と並ぶ社格となったのです。

かつては当宮の例祭日である五月十五日は、横浜の祝日として
役所から会社、学校に至るまでお休みとなり、市を挙げてお祝いをしました。
明治期には隣接して皇室御用邸「伊勢山離宮」が設けられ、
また昭和3年に現在の神奈川県庁本庁舎・通称「キングの塔」が完成すると、
その最上階には当宮の御分霊が遷されお祀りされました。
まさに国際港都・横浜の歴史と共に歩み、見守り続けてきたお社なのです。
御祭神
・天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)

全ての生命の源である太陽をつかさどり、神々の世界・高天原(たかまのはら)を統治される女神です。
日本の国土をお作りになられた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が、
筑紫国の阿波岐原の清流で身を清められた際に、その左目からご誕生されました。

天照皇大神さまは皇室のご祖先であり、日本人の総氏神とされます。
また我々の祖先に稲穂をお授け下さり、お米を主食とするように定められました。

いにしえに武蔵国の国司が勅(天皇の命令)を奉じ、
伊勢の神宮より大神さまの分霊をこの地に勧請したと伝わっています。

明治三年旧暦四月に現在の鎮座地へ遷座し、伊勢山皇大神宮の御祭神としてお祀りされ、
横浜の総鎮守また横浜港の守り神となられました。

さらに明治三年旧暦十二月には、伊勢の神宮の勧請を受けた由緒によって、
明治政府から神奈川県宗社(神奈川県の総氏神)に定められました。
現在では関東のお伊勢さまとして、広く崇敬を集めています。
創建
・伊勢山皇大神宮創建150年の慶賀
横浜開港後、急増する移住者と地元住民を一体とし、
精神的支柱を形成する為、県知事の告諭書が発せられ伊勢山皇大神宮は創建されました。
創建時である明治3年4月15日(旧暦)には、日本一とも称えられた壮大華美なお祭りが催され、
戦前には市内官公庁を始め、会社、工場、学校に至る迄休日となり、市民を挙げてお祝申し上げたとのことです。
以降、当宮は横浜市民の心の拠り所として横浜の発展と共に歩んできました。

創建時より「関東のお伊勢様」と謳われ「横浜総鎮守」として崇敬されてきた当宮も、
令和2年5月15日に150年の佳節を迎えます。
この奉祝記念として平成30年には、伊勢神宮より譲与された社殿により目出度く新本殿造営を行うことが出来ました。
これは極めて稀有な事例であり、横浜にとっても大変栄誉なことであります。
ご利益
健康長寿 交通安全 勝負運
お守り・おみくじ
やっている
御朱印
やっている
供養・
お焚き上げ
やっている
祈願・お祓い
七五三 厄除 安産祈願 結婚式
各種初穂料
(ご祈祷料)
七五三: 10,000円 〜
厄除: 10,000円 〜
祈願初穂料 【一万円より】

法人の予約祈願
初穂料【五万円】
※こちらにお申込みいただいた祈願神札の初穂料を加えます。
 金帯神札(26cm) 【五千円】
 水引神札(31cm) 【八千円】
 特大神札(42cm) 【一万円】
 超特大神札(55cm)【二万円】

なお、正月期間は新年初祈願祭として特別なかたちとなります。
こちらについては、年末に当HP上でご案内を致します。
感染症対策
当面の間、感染症の予防対応を取らせて頂きます。職員にはマスク着用、出勤時の体温測定、消毒の徹底、窓口への遮蔽カーテン設置などを行いますが、参拝の皆さまにも殿内でのマスク着用、間隔をあけての着席などをお願い申し上げます。ご不便をおかけ致しますがご容赦ください。また、7月の写真館の営業は土日祝以外の平日は大安・友引のみとなります。詳細は045(231)8030へご確認ください。
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