公式

赤坂氷川神社

あかさかひかわじんじゃ
港区赤坂6-10-12 千代田線 赤坂駅 /日比谷線・大江戸線 六本木駅 各駅より徒歩8分
赤坂氷川神社の店舗画像1 赤坂氷川神社の店舗画像2 赤坂氷川神社の店舗画像3

江戸時代から奇跡的に現存する都有形文化財社殿

基本情報

神社御名称
赤坂氷川神社
鎮座地
(住所)
〒107-0052
東京都港区赤坂6-10-12
アクセス
千代田線 赤坂駅 /日比谷線・大江戸線 六本木駅 各駅より徒歩8分
駐車場
あり (境内には10台ほどの駐車スペースがございます。ご参拝の際などにご利用ください。)
電話番号
電話で予約問合わせ 03-3583-1935
※お問合わせの際はMy神社を見たとお伝えになるとスムーズです。
公式サイト
https://www.akasakahikawa.or.jp/
開門時間
06:00〜17:30
受付時間
09:3016:00
定休日
その他 (ご祈祷は原則、年中受付をしておりますが、例祭の前後など一部お受けできない時期もございます。)
感染症対策
・社務時間変更のお知らせ
新型コロナウィルス感染症拡大防止対策として、窓口業務を当面の間、下記の通り変更させていただきます。
【御守・御朱印の頒布】 9:00 - 17:00
なお、お電話・メールにつきましては通常通り対応致します。
何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

神社詳細情報

『御社殿・境内』
御社殿は、総欅造り銅葺朱塗にして丹青荘重の一間社流造であり、安政の大地震・関東大震災・東京大空襲の被災を奇跡的に免れました。江戸時代当時のままの姿を残しており、東京都重要文化財に指定をされています。
境内にはたくさんの樹々が生い茂り、至るところに江戸の年号が刻まれた鳥居・燈籠・狛犬が現存し、江戸の情景がそのまま残る、都内では珍しい神社のひとつとなっています。秋には色鮮やかに染まる天然記念物の大銀杏(樹齢400年)があるほか、江戸150万人の生命と財産を守った幕末の志士、勝海舟が名付けた「四合(しあわせ)稲荷」も祀られています。

祭礼日:毎年9月中旬
【祭礼の歴史】
江戸時代の赤坂氷川神社の祭礼は、宮神輿2基を氏子赤坂21ケ町の江戸型山車13本が警固する形をとって神領内を巡行していました。その情景は、神社拝殿に納められている「祭礼山車行列額絵」に見ることができます。
江戸で1番大きい祭礼は、山王権現・神田明神の「天下祭」「御用祭」ですが、「諸国祭礼番付」によれば赤坂氷川神社の祭礼はその2社に次ぐ江戸(江都)で3番手、東日本で4番手に位置する規模のものでした。

【宮神輿の新調】
江戸時代、当初2基の宮神輿を所有しておりましたが、1基は譲渡、もう1基は東京大空襲により焼失してしまいました。そのため、戦後より赤坂氷川祭では、町会神輿のみの渡御となりました。「神輿舞い、山車が往く」宮神輿と江戸型山車が連合巡行するという、赤坂氷川祭ならではの江戸の祭礼をより正確に再現すべく、平成28年8月、徳川吉宗公将軍就任300年にあわせ、「宮神輿」を新調いたしました。
資料によれば、当時の宮神輿は、台輪寸法5尺・推定重量1,300kgあり、牛で曳いて巡行していました。しかし当時の大きさと重さのまま新調するのは現実的ではありません。そこで、姿・かたちは限りなく当時のものを再現し、台輪寸法4尺、重量1,000kg超の規格で新調いたしました。総漆塗、唐破風屋根の神輿で、胴羽目部分には祭礼山車行列額絵の彫刻を配します。
この宮神輿の完成により、平成28年9月の赤坂氷川祭にて、宮神輿と江戸型山車の連合巡行が実に100年ぶりに実現いたしました。

【山車とは】
祭礼の際、山・鉾・人形・花などを飾り付け、牛で曳いたり人が担ぐ曳き物で、1本、2本と数え、山車の語源は平安時代、大嘗祭の際に曳かれた標山に由来し、神様の依り代や、山車の中心にあった鉾の上につけられた「出し」という竹の編み残された部分の名称に由来すると言われています。山車も神輿同様、単なるお祭りの道具でなく、神聖な神様の乗り物なのです。
赤坂氷川祭の山車は、江戸型山車の中で最も知られる鉾台型山車で、二輪車の上に二層または三層の構造物があります。この最上部が人形の部分であり、次の層は飾り幕に取り囲まれた枠で、人形はこの二層目の枠内を上下できるようにつくられています。更にこの人形・飾り幕の部分は折り畳まれた状態で、最下部の部分から人形が「せり出す」という、二段上下可変式のカラクリ(機構)をもつもので、二段の台の上に人形が座るようになっています。これは将軍の上覧に供するために江戸城の門を入るときの工夫であると言われています。
結果として、赤坂氷川神社の祭礼では山車が江戸城に入城することはありませんでしたが、13本もの山車を有し、規模が大きいものであったことは、吉宗公が敬神し、幕府の管理下にあった証なのです。
ご由緒
天暦5年(951年)武州豊島郡一ツ木村(人次ヶ原)に祀られ、1000年以上の歴史を有します。創祀から100年後の治暦2年、関東に大旱魃が発生、降雨を祈願するとそのしるしがあり、以来よく祭事が行われました。
江戸時代に入り、幕府の尊信は篤く、8代将軍 徳川吉宗公が享保元年(1716年)、将軍職を継ぐに至り、同14年(1729年)に老中岡崎城主水野忠之に命じ、現在地(忠臣蔵・浅野内匠頭の夫人、瑶泉院の実家・浅野土佐守邸跡)に現社殿を建立、翌15年(1730年)4月26日に遷座が行われ、28日に将軍直々のご参拝がありました。
以降、14代家茂公まで、歴代将軍の朱印状(港区文化財)が下附されました。
御祭神
素盞嗚尊(すさのおのみこと)
奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
大己貴命(おおなむぢのみこと別名…大国主命)
ご利益
子授安産 恋愛成就・縁結び 厄払い 商売繁盛 五穀豊穣 家内安全 芸能上達 その他
崇敬会
ともえ会
お守り・おみくじ
やっている
御朱印
やっている
供養・
お焚き上げ
やっている
祈願・お祓い
七五三 成人式 厄払い 安産祈願 初宮詣 結婚式 年祝い・長寿祝い 健康・病気平癒 車・交通安全 出張祭典(地鎮祭他) その他
各種初穂料
(ご祈祷料)
安産祈願: 5,000円 〜
七五三: 5,000円 〜
厄払い: 5,000円 〜
法人の方
祈祷受付時間:9:30~16:00(15分間隔)
※複数組合同でのご案内の可能性もございます。
ご祈祷料:20,000円よりお志(工事安全のみ30,000円よりお志)
文化財・
宝物など
・朱印状
・御祭禮番附留
・氷川明神社領 配当目録
・棟札
・旧紀州家 櫓太鼓
・氷川神社全景絵図
・月岡芳年筆 ま組み火消し絵図
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