須賀神社

すがじんじゃ
新宿区須賀町5番地 中央線快速・総武線 四ツ谷駅より徒歩10分/丸の内線 四谷三丁目駅より徒歩7
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基本情報

神社御名称
須賀神社
鎮座地
(住所)
〒160-0018
東京都新宿区須賀町5番地
アクセス
中央線快速・総武線 四ツ谷駅より徒歩10分/丸の内線 四谷三丁目駅より徒歩7
駐車場
なし
電話番号
電話番号を表示 03-3351-7023
公式サイト
https://sugajinjya.or.jp/
受付時間
09:0017:00

神社詳細情報

ご由緒
今の須賀神社はもと稲荷神社でした。その稲荷神社は、往古より、今の赤坂、一ツ木村の鎮守で、清水谷に有ったのを、後寛永十一年に江戸城外堀普請のため、当地(現在地)を替地として拝領し、移し奉ったものと伝えられています。

須佐之男命の鎮座の儀は、寛永十四年、島原の乱に日本橋大伝馬町の大名主馬込勘由と言う人が、幕府の命に依り、兵站伝馬のご用を勤め、その功績に依り、現在の四谷の中心一円の地を拝領したのを機会に、寛永二十年、神田明神社内に祀ってありました日本橋伝馬町の守護神(須佐之男命)を地元民の総発意で四谷に合祀し、御両社として祀る様になり、俗称四谷天王社と云い、明治維新まで親しまれて来ました。明治元年に須賀神社と改称され、明治五年に郷社に昇格、戦後は制度の改正により、旧社格は撤廃されました。

社名の須賀とは、須佐之男命が出雲の国の簸の川上に八俣の大蛇を討ち平らげ拾い「吾れ此の地に来たりて心須賀、須賀し」と宣り給いて、宮居を占め給いし故事 に基づき名付けられた名称です。

往古の御社殿はつまびらかではありますが、戦災前の御社殿は、文化十一年八月に起工し、十五年の歳月をついやして文政十一年十二月に竣工したものです。大正十二年九月一日の関東大震災めでは江戸名所図会に描かれたままの姿でありました。昭和二十年五月二十四年の東京大空襲の折り、御本殿並びに御内陣と境内摂社を残した外一切の建物を失いましたが、戦後、氏子崇拝者の赤誠(せきせい)に依って 今日の復興を見ることが出来ました。

当社の本殿御内陣は文政二年に造営されたものでありますが、先の戦災の折り、辛うじて焼失を免れたものの極度に老朽化が進み、この儘では保存に支障をきたすとして、この度その大修復工事が行われ、昭和六十三年秋に着工、平成元年五月九日に落成し、同月十八日に遷座祭が執行されました。 今日の復興を見ることが出来ました。

今では都内の神社中数少ない金色燦然と輝き、荘厳華麗を極めた建築物であります。造営以来約百七十年目の大修復工事がなされました。今日の復興を見ることが出来ました。
御祭神
須佐之男命(須賀大神)すさのおのみこと
宇迦能御魂神(稲荷大神)うかのみたまのみこと

二柱の主祭神を中心に祀り、世に天王様として親しまれ、御祭礼は四谷の「天王祭り」また「かっぱ祭り」として有名でありました。
稲荷大神は五穀豊穣・開運招福・商売繁盛の神様として、須賀大神は暦神として、また土木建築・悪霊退散・諸難・疫病除けの神として古くより庶民の信仰を集め、霊験あらたかであったと伝えられています。

主祭神の左右には櫛稲姫を始め八柱の御子を祀っています。
五男神 : 天忍穂耳命・天穂日命・天津彦根命・熊野樟日命・活津彦根命
三女神 : 多紀理姫命・市杵島姫命・多岐都姫命二柱の主祭神を中心に祀り、世に天王様として親しまれ、御祭礼は四谷の「天王祭り」また「かっぱ祭り」として有名でありました。
稲荷大神は五穀豊穣・開運招福・商売繁盛の神様として、須賀大神は暦神として、また土木建築・悪霊退散・諸難・疫病除けの神として古くより庶民の信仰を集め、霊験あらたかであったと伝えられています。

主祭神の左右には櫛稲姫を始め八柱の御子を祀っています。
五男神 : 天忍穂耳命・天穂日命・天津彦根命・熊野樟日命・活津彦根命
三女神 : 多紀理姫命・市杵島姫命・多岐都姫命

合殿:大鳥神社
日本武命・大鳥連祖神(やまとたけるのみこと)

末社:大国社
大国主命(おおくにぬしのみこと)
ご利益
子授安産 恋愛成就・縁結び 金運 交通安全 勝負運 商売繁盛
お守り・おみくじ
やっている
御朱印
やっている
供養・
お焚き上げ
やっていない
祈願・お祓い
七五三 厄除 安産祈願 初宮詣
各種初穂料
(ご祈祷料)
七五三: 5,000円 〜
お宮参り・安産祈願は10,000円

一般団体祈願(社業繁栄・商売繁盛等)20,000円より
(正月の団体祈願祭は30,000円より)

工事安全祈願 50,000円
(神饌費・工事名等記載の祈願木札・鎮物・撤下等含む)
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